ブラックシャドウズ過去の戦績
第3回天神祭り奉納日本国際龍舟選手大会90’男子選手権に淀川キリスト教病院からライジングドラゴンで出場。2日間で開催され、順位決定戦までしっかりと漕がされる。招待チームとしては、世界最強の中国順徳チーム、ザ ネザランズ(オランダナショナルチーム)、台北新店龍舟隊(台湾代表チーム)、シンガポール、メルボルン代表、シャム アルーン(タイ)、新日本プロレスのドラゴン藤波チーム、なぜか吉本の松本竜介チームなど多彩なチームが集まり、日本選手権やジャパンカップで国際色豊かな盛り上がりをみせた。第1日目に予選があり、順位決定戦まで4回ぐらい漕いで男子約39チーム中、26位。半分位は大阪体育大学の学生で、練習もなしでぶっつけ本番だった。テレビ大阪で大会の模様が放送され、世界チャンピオンの順徳の1分間120回の脅威のピッチ漕法にびっくり。この時はコースは550mあったが順徳チームはなんと2分 を切る1分59秒10で2位神南に7秒の差をつけダントツの強さ。世界レベルの高さを見せつけられた。
 
91’開催中止。スポンサーの朝日住建が経営悪化し開催2週間前になって突如降りる。その後倒産。億単位の負担に耐えられるスポンサーは見つからず、中止に。
 
第4回大会 92’男女混合選手権 アサヒビールがスポンサーとなり、1日で予選から決勝までを行う形となる。男女混合に淀キリチーム(YCHチャペル)で出場。このころは男子選手権が多く、男女混合選手権は17チームと少ない。予選は3組で争われ、第2組に出漕。これが、くじ運にも恵まれ初めてトップでゴールイン。ゴール後1位になったチームだけに手渡される、天神祭り神事の紅白のモチ花を戴き感激した。1位は即、決勝進出。決勝は3チームで戦い大差で敗れたものの全日本3位であった。夜の天神祭りにドラゴン関係者だけが乗れる台船の上で見た花火はとても美しかった。
 
第5回大会 93’男子選手権 この年から独立して、ブラックシャドウズとして初参加。男子選手権。ジャファンスの常連さんやそこから紹介された南太平洋協会の松村さんたち、もちろん出入りの製薬業界関連のメンバー、同級生も巻き込んでチームを編成。2分20秒台。1回戦3位、2回戦(敗者復活戦)進出するも惜敗。このころは練習会も一回だけで、しかもたった30分でネをあげるような状態であったので無理もない。
 
第6回大会 94’男子選手権 1994年7月24日(日)一番くじをひいて開会式直後の第1レースに出場、開会式セレモニーのドラゴン目入れ式まで水上で行い楽しかった。が9時スタートの第1レースで、練習不足からスタートで完全に出遅れてしまい、200m付近でこぎ手がバラバラ。明らかにいつもは勝てる相手にも抜き去られ、試合はまさかの最下位と惨敗。漕手の配置ミスであった。日曜開催ということで参加チームが男子だけで34チームと多いため6位は、敗者復活戦にも残れずノーリターン。このあとショックで立ち直れず。
 

95’ ショックで不参加。監督はジャファンスかもめ軍で鼓手。カモメ軍はこの時準決勝に進んだ。

96’ まだショックで不参加。平日やし。

 
第9回大会97’男子混合選手権 おおげさにいえば『人生は何のためにあるのか』という問いに対して『ドラゴンへの道』のテーマが頭の中をかけめぐり、平日にもかかわらず復活して参加。1回戦で陸ペーロンにおいてけぼりにされるが、試合前に『アルカディア』に『おじんチームに負けるな』と挑発され発奮!スタート直後は出遅れたものの、ゴール前で抜き去った。『ざまぁみぃー』吼える竹川主将。さらに2回戦は芦屋カヌークラブを抜いて2位ながら敗者復活戦を突破し準決勝進出、狂喜。しかし、空腹に耐えられずカレーライスを食べてしまって大失敗。皆、体重が重くなって船が進まず準決勝1組6位、平均年齢が20歳も上の『好きやねん大阪』にゴール前100mで、じわりとかわされてショック。集中力がとぎれて7位〜12位決定戦でも最下位。結局全日本12位。しかし『全日本ランキング』入り。
 
第10回大会 98’男女混合選手権参加希望メンバーが増えたためバンブーリバーと2チームに別れて参加。結果的に戦力分散。昨年の苦い経験からスタートダッシュの練習を重点的に行った。ブラックは第1レース2位、第2レースは『好きやねん大阪』は置き去りにしたもののブルーパイレーツに僅差で抜かれる。37チーム中予選タイム13位で、惜しくも準決勝進出ならず。敗者復活戦敗退。バンブーは1回戦は、舵不調でドラゴンヘッドをこわして5位、敗者復活戦スタート時2位だが(つまり、スタートはトップクラス)途中でタレて5位。捲土重来を期す。
 
第11回大会 99’男女混合選手権に出場。土曜日開催で、史上2番目に多い47チームがエントリー。97’98’の実力では万年敗者復活戦止まりだという事がいやというほどわかっている首脳陣(誰やねん)が、左路くんの奥さんのつてをたよって、あの93’94’男子優勝の坊勢酔竜会に合宿を申し込み20人が参加。さて、本番はブラックは2回戦第8レースにて第8シードの東京龍舟と対決。相手の作戦か、大差で1位通過し準決勝進出。2分40秒43。15チームが進出した準決勝組で相対するのは、坊勢酔龍MDC、香港日本龍舟クラブ、関西医大カヌー部白衣の野郎たち、浪わ(大阪レガッタ混合の部準優勝)という超強力豪華メンバーの中で一応健闘し、4位でゴール。2分37秒00。準決勝進出15チーム中9位。ザ バンド オブ リバティー(バンブーから改名)は第5レースに第5シードの香港日本龍舟クラブやMEISOスイーパーズ、チーム菅原キッズ、チーム江戸幸、エルニーニョらと戦い、スタートからずっと2位をキープし、そのままゴール2分39秒74。敗者復活戦5組で東京龍舟、SCOUTING SPIRITS、チーム未来、タムタム21と戦い、実力を隠していた東京龍舟に破れ、ラストでSCOUTING SPIRITSにも抜かれて3位。2分40秒24。2分40秒24。99年の男女混合選手権の結果、1位陸ペーロンチーム2分11秒96、2位坊勢酔竜MDC2分13秒83、3位東京龍舟スーパーミックス2分15秒02、4位香港日本龍舟クラブ2分26秒82、5位関西ドラゴンズ2分21秒07、6位東京龍舟2分35秒40であった。
 
天神祭奉納 ボンドカップ 2000日本国際龍舟選手権大会 2000年7月23日(日) 今年から宵宮の前の日曜開催になったため、男子選手権18チーム、女子選手権7チーム、男女混合選手権41チームとなる。6月24日、25日に行った第2回坊勢合宿は13人(しかもほとんどバンリバ)と少なかったが、7月15、16、20日の練習日はしっかりと参加していた。練習で関西ドラゴンとお手合わせしてボロ負け、バンリバあらためBangRiverも竹川による補強が進みかなり速くなっている。ブラックと競っても強かった。さすがに全国大会出場のラグビー部OBはごつい。さて本戦ではくじ運にも恵まれ予選2組のバンリバが1位通過すれば(2分33秒25予選全体で8位)、4組ブラックも1位通過(2分34秒65予選全体で10位)。ともに準決勝進出をあっさりと決める。ただ予選は決勝をにらんでゆっくりと行く東京龍舟ミックス2000やくじ運で敗者復活戦まわりになった一寸防士が不気味。さて準決勝2組に出たバンリバ、対するカブト虫さんMAX(神戸大学レーシングカヌー部)、東京ドラゴンミックス2000、関西ドラゴン、風ハリケーン、ドラゴン酔酔。結果は4位であったが3位の関西ドラゴンに4秒差の2分27秒65で、ついに2分30秒の壁を破ったのであった。準決勝3組に出たブラックは東京ドラゴンスーパーミックス、一寸防士、白衣の野郎たち(関西医大カヌー部)、好きやねん大阪、浪わに囲まれた。スタートこそ2位であったが、課題のスタミナ切れで250m付近でペースが落ち、最後の100mで4位になった。2分37秒31...単純に比較できないものの昨年のタイムより落ちている。はっきりいってスタミナ不足、練習不足。この年の決勝戦の結果は1位陸ペーロンチーム2分9秒52、2位東京ドラゴンミックス2000 2分14秒39、3位坊勢酔龍MDC2分15秒02、4位東京ドラゴンスーパーミックス2分26秒85、5位一寸防士2分30秒56、6位カブト虫さんMAX2分31秒10(準決勝では2分11秒43だったのに、ここもわからんチームやねぇ)。

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